19.
第六話 本物の一流雀士
「さてと、Bグループをやる前にちょっと休憩しながらさっきの半荘を振り返ろうか」とスグルがお湯を用意する。
「私、焼きそばがいい!」
「私はトマト味ね!」
「じゃあ私はしょうゆラーメン」
「私はまだいいからココアちょうだい」など、各々好きなものを手に取り休憩に入った。
バリッ!
「ポテチの基本はやっぱりうす塩ね」
「私はのり塩が好きなんですけど先輩たちが歯にのり付くの気にすると思って」とヤチヨが言った。たしかにのり塩は食後の歯のりチェックが必須だから面倒ではある。
「そんなの気にしないで自分の好きなの買えば良かったのに」
「だからふたつ買ってきたんです」
袋をよく見たらのり塩もあった。
部員たちはあれこれ食べながらいつもの研究モードに入り始める。オーラス⑥筒単騎にしたのは凄かったね。という話題になった。
「あの点棒状況とトーナメント戦という条件。トビ終了採用ということ。全てを加味すると確かに八萬単騎より出されにくい⑥筒単騎の方がむしろいいということはあり得る」
「押してくれるのは三着目のヤチヨだけだしね」
「あの時、ヤチヨにもドラの中が2枚来ててソーズのメンホンで倍満目指してたんだよ」
「じゃあ八萬単騎にしちゃってたら……」
「間違いなく放銃ね」
「となると、さすがに単騎リーチをかけて見逃しはちょっと出来ないから、裏乗らないで! と言って倒してたね。裏裏で飛ばして三着でおしまいになっちゃうとこだったわ」
細かい手順はまだ荒い1年生達ではあったが戦略性はしっかりとしていてヤチヨもヒロコも優秀だった。さすがはテーブルゲーム研究部に所属するだけのことはある。
「あ~ん、私がまさか一回戦で負けるなんて~! 悔しいー!」ベッドに転がり枕をバンバンと叩いて悔しがるユウ。
「おい、おれの枕をバンバンするな。ホコリが飛ぶだろ。ユウの焼きそばもう出来るぞ」
「湯切りしてきて♡」
「……たく。ハイハイ」
────
ひと休憩入れたので切り替えて、Bグループの場決めを行う。
東家 カオリ
南家 スグル
西家 ミサト
北家 アン
この並びに決定。
「「お願いします!!」」
(スグルさんの上家になれたのは良かった)内心カオリはそう思っていた。なぜなら結局はこの中で一番強いのはスグルであり、その下家になってしまったら1枚も甘い牌は鳴かせてもらえないだろうから。上級者の下家は損なのである。
スグルの上家になれたという事はスグルに牌を絞ることが出来る立場にカオリがなったということだった。それについて最初は好都合だと思ってた。でも、違った。
むしろ逆。本物の一流雀士は上家にすら影響を与えるものなのだ。
(う…… これはスグルさんに切れないな)
「……ふう」
カオリの額に汗が滲む。スグルへの有効牌になりそうなものを止めながら手を作るのはかなり難しい。そんな手が来てしまった。
毎局のように苦労するカオリはそこでやっと気付く。
(……上家で良かったなんて、とんでもない。私はいま牌を絞っているのではなく、絞らされている。下家にいるスグルさんのプレッシャーに攻撃されているんだ!)
「カオリちゃん、丁寧だなあ。全然鳴けないよ。少しくらい自分中心な考えで切ってかなきゃ和了れないんじゃない?」
「誘惑しないでください。私は甘い牌は出しません!」
しかしスグルの言う通りだった。カオリは絞ってばかりなので中々手がまとまらない。しかし、そもそも勝負手というほどの手がカオリには来ていなかったのでそれも1つの正解ではあった。だが。
(来た!)
南1局カオリの親番でついにカオリに勝負手が入った――
20.第七話 知らない方がいいこと ずっと受け身になっていたカオリにやっとチャンスが訪れた。カオリ手牌 切り番三伍六①③④④④23469西 ドラ四 ドラはないけどドラの受け入れは整っている配牌リャンシャンテンだ。第1打は9索という人が多そうな手だが、カオリの選択は――打西 23469のこの5枚が活躍する手順をカオリはこの時イメージしていたのだ。(ふうん。9索じゃないんだあ)マナミが後ろから見ながらそう思う。(私なら二三四四伍六②③④④④234の形を目指すから9索とかは捨てちゃうけどな)と思いながら見ていたがそんなのはカオリだって同じだ、だがカオリは他の可能性も考えていた。ツモ8打①ツモ7打三カオリ手牌 伍六③④④④2346789 いきなりいいのを2つ引いた。だがスルスルと手が進んだのは最初だけでここからカオリの手の成長が止まり、そうこうしてるうちにミサトの切った四萬(ドラ)を竹田アンナがポンする。「うわ。ドラポンかあ」 しかしその鳴きでカオリに届いた牌は最高だった。ツモ赤5!打六 ピンズを引いてもソーズを引いても3面張が残る最強のイーシャンテンまで漕ぎ着けた。しかも一気通貫の目まである。(あの配牌がイッツーとは……9索残しにこんな意味があったなんて…… カオリ凄いな)とマナミは感動していた。 さあピンズを引いてテンパイか? それともイッツー確定の1索引きとか? カオリが引いてきたのは想像以上の牌だった。ツモ赤伍!「リーチ!」「え、気合い入ってるなあ」とミサトが直感する。「これはヤバそうだ」スグルもこのリーチには押せなかった。「私はドラポンしてんだもんオリれないよっ!」とアンが勝負した牌は7索だった。「ロン! リーチ一発赤赤…裏。12000!」 強烈! しかしその時カオリの次のツモがポロリとこぼれ落ちる。コロン「あ!」 そこにはソーズの1。鳳凰様がカオリを待っていた――カオリ手牌赤伍伍④④④234赤56789 7ロン カオリの手は見事だった。ただ、とてもいいアガリではあったがアンに放銃さえされなければ一発でド高め1を引いて親倍満だったのも事実。 鳳凰ツモの8000オールを逃したカオリはせっかく素晴らしい12000をアガったのに落胆してしまった。知らない方がいいこともある。テンションが下がったカ
21.第八話 声「なに、カオリってプロ目指してたの?」とミサトは少し驚いた顔で質問してきた。「うん、実はね。でもちょっと、いま忙しいからその話はあとででいいかな」「それは私も。うん、あとで聞かせてね」 真剣そのものの私達にとって麻雀中ほど忙しい時などなかった。「チー!!」 アンが勢いよく仕掛けた。5巡目に⑦筒を⑤⑥でリャンメンチーだ。ドラは④筒。 これを見た親のスグルはこう考えた。(ふうん。ドラの④筒を待って③⑤のターツを残してたけど、どうやらそこは薄いようだ。あの鳴き方ではドラが2枚以上あるからここを鳴いて固定させ使い切りますと言っているようなものだもんな。諦めて③⑤は捨ててくか)そう思い③⑤を切り出す。すると捨て切った直後……ツモ④!(うわ! 最悪) 思わず声が出そうになるスグル。打④としたらアンに鳴かれるかもしれないが止めたらまだ中盤なのにほとんどオリしか出来ない。親番の大物手イーシャンテンなのでそれもどうなんだと思いスグルは勝負に出た。打④「ポン!」 鳴いたのはミサトだった。(なんだって?!)驚くスグル。「ふふふ」 そこには(やってやった!)という顔をして笑っているアンがいた。そう、アンは読みの名手だ。読めるということは読ませることも可能ということ。 あのリャンメンチーはアンのミスリードを狙う読ませの罠だったのである。「ツモ! 2000.4000は2100.4100!」 ミサトの満貫が炸裂。 アンに嵌められたスグルは親を落とし局面は南3局。ゲームはラス前まで進んでいた。「しかし、毎回思うけどアン先輩の麻雀にはびっくりするよね。あんなリャンメン鳴いてどうすんの? って思ったけど、まさかアガリを目指すことが目的じゃない鳴きだったなんて」「まんまとスグルさん嵌められてたね。あの鳴き方だと④④⑤⑥からか④④④⑤⑥からだと思っちゃうもんね」 ヤチヨとヒロコが後ろから見ながらアンの麻雀に感心していた。ヤチヨの歯には青のりが付いている。いつの間にかのり塩も開けたようだ。「ヤチヨ、歯に青のり付いてるよ」「あ、大丈夫です。今日は金曜日ですからね。最初から長居するつもりだったので歯ブラシは持参してます」「用意がいいね」南3局 アンからの先制リーチ。リーチのみだがこれを一発でツモり裏1で満貫。南4局ドラ六ミサト手牌一
22.第九話 土作り「ふーん。それ3索切りにしないの?」とミサトが聞いてきた。「うん、まあ、何となく……」(声が聞こえたとか言っても誰も信じないだろうし……)「当たりだったんだけどなあ。3索。鋭いね、さすがカオリ!」「!」 さっき聞こえた声が言ってたことは本当だった。不思議なこともあるものだ。「さて決勝をやる前に少し休もう、お腹すいてないか? さっきカップ麺食べなかった子はお腹すいてきたら言えよ? お湯作るから」「はーい! おなかすきました!」とヤチヨが手を挙げる。「私も!」マナミもさっきはココア飲んでただけなのでお腹を空かせていた。 2人ともカレー味を狙っているがカレー味は1つしかない。「こういうのは先輩に譲るものよ?」とマナミが未だかつてないほどの圧をかけてきたがヤチヨもこれだけは従えなかった。「私がこれは自分用に選んだんです。部長にだって譲れません!」「仕方ないわね…… 勝負よ!」「サイコロを2個振って出た目勝負…… ですね」 麻雀部は何かあると決定するための勝負にサイコロを振っていた。2個振るのは同点になりにくくするためである。「私から振ります」 ヤチヨから行ったコンコロコン5と6の11「勝った! これは勝った!! カレー味は私のだ!!」 さすがに11では勝ち確定みたいなものだ。「いや、まだわかんないし! 12出せばいいんでしょ!」とマナミは諦めずにサイコロを持つ。ヒュンコンコロコンコン 勢いよくサイコロが回転する。なかなか止まらない。コロン ひとつは6「おっ! 6出た! あともう一度6出ろ6出ろ6出ろ!」コロン 4 6と4の10「あっぶな!」「惜しかったーーー!」 負けたマナミは残り物の塩味になった。「塩って気分じゃないのよねー」「まあまあ、塩だって美味しいですよ」「じゃあ交換してよ」「それはしませんけど」 お湯が出来たので2人はカップ麺を作り始めた。 3分経過「塩うっま!」 結局マナミは塩で充分満足していた。◆◇◆◇ 決勝戦が始まる。 トーナメント勝ち上がり選手はAグループからは部長の財前マナミと1年生の三尾谷ヒロコ。Bグループからは顧問の佐藤スグルと財前カオリ。「点数は持ち越しなしでやります。優勝者は第一回優勝として名前を書いて壁に貼ります」「ちょっと待て
23.第十話 woman「リーチ」 東2局にマナミからのまさかのダブリーが入る「うそでしょー!」「早すぎるぅ」 リーチ宣言牌は⑧筒。場には親のヒロコが捨てた中と⑧筒しか情報がないままカオリの切り番になった。安全牌は当然ない。カオリ手牌 切り番三伍八①③④⑦137東北白発 ドラ北(こんな手からじゃ勝負になるわけもない。降り切らなければ。しかし、どうやって?) とりあえず白でも切ろうかと手を伸ばしたその時。《⑦筒を切りなさい》 またあの声が聞こえる。(⑦筒? なんでまた)と思いながらもカオリは⑦筒を切る。通った。 その後はスグルやヒロコが色々通してくれたのでカオリは降り切り流局寸前でスグルがマナミからタンヤオイーペーを出アガリ。カオリは失点0でやり過ごすという今の状況から考えたらベストと言える結果の1局になった。(あの声はなんなんだろう。気になるなあ…… でも、味方みたいだしまあ、いいか。今は、集中だ) 幻聴だろうとファンタジーだろうと超能力だろうとどうでも良かった。いま、目の前で起きている真剣勝負。それから目を逸らす余裕はカオリにはないし、勝負以外のことなど、どんなに不思議なことであれ、あまり興味がなかった。 (さっきのカオリ先輩の⑦筒切り。なんでだろうね? ヤチヨはわかる?)とアンがヒソヒソとヤチヨに話しかける。(わかんないです。私なら字牌とか①筒あたり切りそうですけど)(だよねえ、私もそう。独特だったよね) アンとヤチヨはカオリの麻雀に興味を持ちそれからじっと張り付いて見ることにした。(なんか見てるな…… ⑦筒切りの理由とか聞かれたらなんて答えよう)カオリはふとそう思ったが余計なことを考えていたら急にスグルのダマに放銃してしまった。「3200」 一手替わりで四暗刻になる三暗刻のみのカンチャン待ちに刺さる。(しまった。全然気付いてなかった。声はいつでも聞こえてくるわけじゃあないのね……) むしろ四暗刻になる前に放銃しておいて助かったかもという風に良い方向に捉えて気を取り直す。東4局 カオリの親番が始まる。コンコロコロ…… サイの目は1と4の5「自5っと」 カオリは自分の山を少しだけ覚えてた。わざわざ覚えようと思ってたわけじゃないが白を3枚適当に積んだのは何となく記憶にあった。すると、ドラが白。しかし、
24.ここまでのあらすじ 麻雀部は人数が増えて8人になり部内最強を決める麻雀大会を開くことにした。すると主人公カオリに助言する声があった。声の主は自分を【woman】というが……? 謎の声【woman】とは一体? そして、麻雀部最強は誰になるのか?!【登場人物紹介】財前香織ざいぜんかおり通称カオリ主人公。読書家でクールな雰囲気とは裏腹に内面は熱く燃える。柔軟な思考を持ち不思議なことにも動じない器の大きな少女。財前真実ざいぜんまなみ通称マナミ主人公の義理の姉。麻雀部部長。攻撃主体の麻雀をする感覚派。佐藤優さとうゆう通称ユウ兄の影響で麻雀にハマった。名前の通りのとっても優しい女の子。お兄ちゃんの事が大好き。竹田杏奈たけだあんな通称アンテーブルゲーム研究部に所属している香織の学校の後輩。ふとした偶然が重なり麻雀をすることになる。佐藤卓さとうすぐる通称スグル佐藤優の兄。『ひよこ』という場末雀荘のメンバーをしている。人手不足からシフトはいつもランダム。自分の部屋は麻雀部に乗っ取られているがそれ程気にはしていない。井川美沙都いがわみさと通称ミサト麻雀部いちのスタミナを誇る守備派雀士。怠けることを嫌い、ストイックに生きる。中條八千代なかじょうやちよ通称ヤチヨテーブルゲーム研究部所属の穏やかな少女理解力が高く定石を打つならコレという判断を間違えない。三尾谷寛子みおたにひろこ通称ヒロコテーブルゲーム研究部所属の戦略家ゲームの本質を見抜く力に長けていて作戦勝ちを狙う軍師。その3第一話 オーラ 東4局一本場はwomanの声は無かった。だがカオリはそんなことは別に気にしてなかった。堅実に丁寧にピンフを作ってリーチした。カオリ手牌一二三六七八③④⑥⑥123 勝負手の入っていたスグルが放銃して2900は3200。さっきのダマ三暗刻の時払った3200を返してもらった。(よーし、悪くない。1番格上のスグルさんからの直撃なら3200だって充分だ) 続く二本場はwomanの気配はしたが何も言われなかった。すんなりリーチしてツモ。カオリ手牌二三四四赤伍六①①①③567 ツモ②「ツモ。2000は2200オール」《うん、その調子!》(あ、やっぱりいたんだ)《なにも言う事無い時まで話しかけたりはしませ
25.第二話 雀士のプライド「リーチ!」 スグルの先制リーチだ。一方まだカオリは愚形残りの二向聴。カオリ手牌二四八九九②②④⑥⑦⑧北北 この手ではさすがに降りるしかない。するとスグルのリーチの一発目にマナミがスグルの捨てた牌のスジから切る。そこにカオリは少しの違和感があった。 カオリのツモは伍萬 全員に安全な北の対子落としで様子見しつつ降りることにした。(全国共通安牌を使うのは勿体無いけど、マナミのスジ切り。引っかかるものがある。探りを入れて慎重に降りたいからね。安全情報は増えないようにしていこう)《鳥立つは伏なり。ということですね。素晴らしいです、カオリ》(あれ、womanいたの?)《いま来ました。それよりカオリ。マナミを警戒しての判断。実にいいですね!》(鳥立つは伏なりって孫子だっけ? 読んだ気がする)《そうです、あのスジ切りは親のリーチに勝負してますよね。そこに伏兵の存在を感じます》(パタパターって鳥が飛び立った感じするよね。ここに人隠れてるよーって) 次巡。マナミは親リーチのド本命牌を引く。(こんなの引いたらダマってる意味ないわね!)という顔をしている。つまり。「……リーチ!」「ロン」 その牌は通らなかった。スグルのメンタンピンドラ1が炸裂する。「12000点」「……はい」 はい、と言いつつもとても悔しそうなマナミ。しかしマナーはマナーだ。放銃者は和了者に点数を渡す際には必ず「はい」と一言そえる。それが麻雀のマナー。その程度のマナーを部長が守らないというわけにはいかない。どんなに悔しくてもその二文字をなんとか絞り出して声にする。それこそが雀士のプライド。「まだ、負けたわけじゃないし!」切り替えて顔を上げるマナミは気合いのオーラを絶やさずに纏っていた。
26.第三話 降り損 一本場。12000加点したスグルに追加点を許す程甘い少女達ではなかった。これ以上離されないよ。とすぐにマナミは1000.2000の一本場をあがり返して局を進める。「本当は最高形まで育てて跳満の親被りさせたかったんだけどね。まあ、和了れたならよしとするわ」南2局(ここだ! ここで決めないと優勝はない!)ヒロコはそう思っていた。現在の点棒状況はスグル32000点ヒロコ20400点マナミ18900点カオリ28700点 たしかにトップになるにはこの親番で一撃決めたい所である。祈るように配牌を取るそのヒロコの指先にはやはりオーラが集中していた。(あ、またオーラだ。……聞きたい時いないんだよなー。配牌のタイミングとか全然居ないし) 気合いを入れて配牌を取ったヒロコだが、良いとも悪いとも言えない普通の配牌だった。この局に手が良かったのはマナミだ。「リーチ」マナミは5巡目にテンパイ即リーチとし、そして――「ツモ!」マナミ手牌一一一八八12345678 9ツモ「リーチ一発ツモイッツー! …2000.4000!」 裏が無かったのだけが唯一の救いだったが2種類安目のある3面待ちで高目ツモはキツい。(うわ、最悪。降り損だ。一発で本命の3索引いて回しちゃった、打った方が全然良かったなあ)とヒロコは後悔した。親のヒロコは4000点の払いだ。3索を勝負していれば一発といえども安目なので2600失点で済んでいた。しかしそんなことは分からないのだからそれはちょっと仕方がない。ヒロコの手が3索に対応出来ないような手であれば親番なので真っ向勝負で打っていただろう。だが残念ながら今回の手は3索に対応可能な形をしていた。つまり本当の不運は3索を掴んだことではない。3索を止めて、うまいこと迂回すれば復活出来そうな手が来てしまったことが不運だったということだ。スグル30000点ヒロコ16400点マナミ26900点カオリ26700点 満貫は炸裂したものの、まだ誰も諦めるような点差にならないまま勝負は南3局へ。 南3局はマナミの親番だ。前局の満貫ツモでトップへあと一歩という所まで来ており今1番警戒すべき相手かもしれない。しかし、そんなことで怯んではいられない。もう勝負は残り2局なのだ全員がトップを取るための最善手を選んで前進してくる。ここは
27.第四話 赤伍萬 カオリはまだ中学生の頃に道端で麻雀牌を拾ったことがあった。「綺麗……」(これ、麻雀牌ってやつかな。真っ赤で、宝石が付いてて。素敵だな)「あ、あった! ゴメンそれ僕の!」そう言ってる人は細くて清潔感があり真面目そうな青年で、麻雀牌を落としたのが彼だというのがカオリには意外だった。「キーホルダーだったんだけどとれちゃったか。気に入ってたんだけどな」 たしかに、よく見るとその牌の上部にはネジ穴のようなものがあいていた。「お嬢さん、さっきそれじっと見てたけど、気に入ったのかな? 壊れちゃったので良ければあげるけど」「いいんですか!?」「うん。それがきっかけで麻雀に興味を持つ子が増えたりしたら僕も嬉しいし。一応とれたチェーンもあげとくね。大事にしてあげて」「ありがとうございます!!」「うん、いいよ。やっぱり宝石は男が持つより女の子にこそ似合うしね。きみに貰って欲しいってきっと牌も言ってるさ」 そう言って麻雀牌の落とし主は去っていった。 カオリは接着剤を使ってキーホルダーを直し、ウエットティッシュで丁寧に拭いた。それを自分の部屋の電気スタンドにぶら下げて毎日ホコリを払ったり拭いたりして大切にした。 とても気に入っているので持ち歩いたりはしなかった。落としたら大変だ。事実、前の持ち主は落としたわけだし。 何日も何年もカオリはその牌を大切にした。 ダイヤのような宝石が入ったその牌の名称は『赤伍萬(アカウーマン)』────────────南4局 最終局のサイを振る。トップ目に立ったカオリの親番なので何があってもこの1局がラストチャンスだ。コン、コロコロコロ……1と2の3「対3か」 カオリが対面の山から配牌を取る。ドラは②第1ブロック伍19①《配牌悪そうですね。いきなり1、9牌が3枚もあるなんて》(あ、woman。今回は現れるの早いね)《あなたが引いたからですよ、まだ分からないのかしら》 引いたから? どういう意味だろうか。第2ブロック白六九西《リャンメンターツが出来たけど、ひどいわね》(まだ分からないよ、役牌重ねるかもだし)第3ブロック中発③5(役牌重ならないなー、増えたけど)《いや、カオリ! これあと1枚ヤオチュウ牌引けたら九種九牌で勝ちですよ!》(そっか! チョンチョンで1
53.第六話 泉天馬の1人旅 その頃、佐藤ユウはアマチュアの参加可能な麻雀大会にさっそく申し込みしていた。相棒のアンはまだ年齢的に参加できないし財前姉妹やミサトはプロ予選からの参加なのでアマチュアのユウと同じようには参加出来ない。プロはプロだけで別日に予選が行われて勝ち上がらなければならないのだ。なのでユウは麻雀部ではひとりきりの予選参加となった。(予選会場は上野かあ。遠いけど乗り換えはないから行きやすくて良かったあ) こうしてユウはひとり、夢への第一歩を踏み出すのであった。◆◇◆◇ 泉(いずみ)テンマは納得できなかった。 ここはフリー麻雀『牌スコア』 前日に成績が良くないスタッフを守れというミーティングをしたその舌の根も乾かぬうちに3卓6入りの指示を出すオーナーにテンマは辟易していた。3卓6入りとは。卓が3つ稼働していて、そこにスタッフが6人入って卓を回しているということ、つまりは2卓2入りで充分なのである。 なぜオーナーがそんな事をするかと言うとスタッフからもゲーム代は巻き上げるシステムだからだ。 店の人間であれゲームに参加してればゲーム代は払ってもらうというのがこの業界の常だった。しかし、だからと言って3卓6入りのようなあまりに露骨なことはしないのもまた経営陣の掟である。まして、前日のミーティングで負けてしまうスタッフを守りましょうとか言ったなら尚更だ。 テンマは決して負けていなかったが、このオーナーの汚いやり口が気に入らない。ミーティングごっこもうんざりだ。こんな所で働いてたら自分もオーナーの食い物にされるだけだと思っていた。 そんな中、それでも歯を食いしばって働いたが、ある日オーナーが自分の身内を3人連れてきて4卓8入りに伸ばした。いま、2卓丸で平和に回してる
52.第伍話 オリジナル戦術書 その日、バイトから帰ってきたカオリは家に誰もいないことを確認するとキーホルダーをツンとつついた。「ねえwoman」《なんですか?》「マナミが伸び悩んでる感じがするんだけど、何かアドバイスできないかな」《ラシャの付喪神様は無言みたいですからね。ちょっと間違ってるとお知らせしてくれるだけで基本的にはマナミさん自身に任せてますよね》「何か効果的な練習メニューとかないの?」《そうですね、私なら……》「私なら?」《自分オリジナルの戦術書を作ります》「自分で?! そんなこと出来ないよ!! 未熟も未熟。私たちはまだ素人みたいなもんなのに!」《何言ってるんですかカオリ。あなたもマナミさんも今はもう競技団体に所属している、まごうことなきプロ雀士なんですよ。忘れたんですか?》「そ、それはそうだけどぉー」《やってみればカオリには出来るはずです。カオリは文章を書くのは得意じゃないですか。マナミさんにも書き方のコツを教えながら2人で作ってみたらいいんです。やり始めればきっと楽しいですよ。日記だってカオリは楽しそうによく書いてるじゃないですか》「例えばどんなことから書いたらいいかな」《そ……(あ、消えた) カオリは再びキーホルダーをツンとつつく。「で、例えばどんなことから書いたらいい?」《そう言うのはまず自分で考えるから意味があるんですよ、カオリ。でも、強いて言うならまずは基礎からじゃないですか? 私ならスタートは基礎から。確実で、それでいて出来ていない人もたくさん居そうな。そんな自分の中で一番気をつけてる『構え』から入るかもしれませんね》(ふむ、なるほど)「ありがとう、woman。マナミと一緒にちょっと考えてみる!」《これでマナミさんが一皮剥けるといいです
51.第四話 人間読み その半荘は萬屋マサルのダントツだった。誰にも捲られることはないだろうという点差をつけてオーラスを迎えたマサル。そこに3着目につけている久本カズオがどう見ても2着すら捲らない安仕掛けで逃げを決めに来てた。 打点はおそらく2000点。あっても3900。満貫を狙えば2着を捲れるが、ラス目が千点差以内のすぐ近くにいるのでリーチ棒を出さない方針として考えた結果『ラス落ち回避のみを優先』とさせて安仕掛けで3着キープ狙いとなったのだ。 その時のカズオは(安いのは分かるように二色晒したからこれなら萬屋が放銃してくるな)とほくそ笑んでいた。 それを見たマサルはむしろカズオを徹底マークした。絶対にあがらせない。そう誓った。そして、長引いた末にラス目が追いついた。「リーチ!」 そこに対してマサルはカズオに現物の打⑦。「ロン!」 見事なメンタンピンだった。これをツモって裏乗せれば2着という仕上げ。「3900」「はい」「……2卓ラストです。優勝C席会社失礼しました。着順CDAです!」「2卓の皆様よりゲーム代いただきましたありがとうございます!」「「ありがとうございます!」」「それではゲームお待ちの2名様お待たせ致しました」 待ち席で待っていた人を卓にご案内して立番に戻るとカズオがマサルに質問してきた。「さっきのオーラス。僕の当たり牌持ってなかったんですか? 差し込みしてくると踏んだんですけど」「持ってたさ。いつでも差せた。4種類以上持ってたからどれかは当たりだっただろうな」「え? じゃ、じゃあなんで打ってくんないんですか」「態度が悪いからだ」「ええ?」「久本さんの考えていることはお見通しなんだよ。安い
50.第三話 知っているから分からない マナミは力を付けてきたので最近はずっとラシャの付喪神の出番はなかった。もう、現段階のステージでは見てなくても大丈夫だなと。 すっかり出番を失った付喪神だが、それこそが望んだことなので神様も満足して休んでいた。もう、マナミは現状放っておいても強い。とは言えまだ経験不足。分からないことはたくさんある。 マナミは分かる範囲で間違えないというだけだ。成長したらそれと共にまた分からない事は増えていく。 麻雀は知れば知るほど正解が難解に思えてくる。それは麻雀を知れば新しい解法を知ることにもなるから。 今まで足し算引き算しか知らなかった人にかけ算を教えるようなものだ。新しい解き方に気付くことこそが成長で、それを使いこなす為に更なる鍛錬が必要となる。 つまり、誰よりも知っているから分からない。そういう現象が麻雀にはある。 早くて、正解であっても、浅いのであれば最強とは程遠いということ。最高等級な正解を探求し、相手の力量も把握し、その中から今使うべき選択、ターゲットに対して最も効果的と思われる最適打を導き出せて初めて一流雀士への道のスタート地点に立てるというものだ。 とは言え、マナミはずいぶんと強くなった。なのにマナミはスコアをもっと伸ばしたいと常に思っていた。それは自分より上のスコアを反対番のカオリが出すから。(負けられない! 姉として、ライバルとして、そして…… プロとして! ……カオリにだけは負けたくないっ!!) そんな思いを抱いていた。 そうとは知らずカオリはwomanに習いながら勝ち続けていたのだが。◆◇◆◇ 一方、ミサトは麻雀部にプロ麻雀師団入りしたことを報告に来ていた。「というわけでー、私は麻雀部の誓いでもある『生涯雀士』の
49.第二話 財前プロの初出勤 土曜日。今日はカオリが午前出勤の日である。そして、プロ雀士になってから初の出勤日でもあった。「「カオリちゃん! プロ試験合格おめでとう!!」」 出勤したらみんなから祝福された。時給も980円から1200円になるんだという。「ありがとうございます。でも、なんだかまだ実感がないです。リーグ戦も始まってないし。私がプロ雀士かあ…… ウソみたい」「カオリちゃんはプロだよ。なんかそう、オーラを感じるもの」「あは、ありがとうございます」(それはwomanのことかな? 勘のいい人にはわかるのかしら)「じゃあさっそくだけどカオリさん本走頼めるかな」「もちろんです!」「ああ、今日からは財前プロか」「やめてくださいよ店長。今まで通りカオリでいいですよ。それに財前プロだとマナミもだし」「わかったよ。それじゃ1卓で立卓準備してください」 そう言うと店長はゲームシートに時間と名前を記入し始めた。 場決めの牌を引いてゲーム開始!『ゲーム、スタート』 自動卓がゲーム開始の音声を上げる。「「よろしくお願いします!」」 カオリは北家でスタート。「お飲み物はよろしいですかー。みなさんお飲み物のご注文はよろしいですかー」そう聞きながら立番の店長が卓を回る。「あ、ごめん、ケータイの充電お願い」大体この時飲み物以外の注文が入ったりする。今来たばかりの人に食べ物の注文をされる時もある。外で食べてから来ればいいのに。その方が安く済むのにな。といつも思う。タバコの注文をされる時もあるが(それは買ってから来店してよね)と思う。そもそも私は買いに出れないし。年
48.ここまでのあらすじ カオリ、マナミ、ミサトの3名はプロ麻雀師団のテストを受けて見事合格。今期から入会し、プロ雀士として活動することになる。 一方ユウは競技プロという道ではなく麻雀教室講師という道を目指した。【登場人物紹介】財前香織ざいぜんかおり通称カオリ主人公。読書家で書くのも好き。クールな雰囲気とは裏腹に内面は熱く燃える。柔軟な思考を持ち不思議なことにも動じない器の大きな少女。神の力を宿す運命の子。財前真実ざいぜんまなみ通称マナミ主人公の義理の姉。麻雀部部長。攻撃主体の麻雀をする感覚派。ラーメンが大好き。佐藤優さとうゆう通称ユウ兄の影響で麻雀にハマったお兄ちゃんっ子。竹田杏奈たけだあんな通称アンテーブルゲーム研究部に所属している香織の学校の後輩。佐藤卓さとうすぐる通称スグル佐藤優の兄。『ひよこ』という場末雀荘のメンバーをしていた。自分の部屋は麻雀部に乗っ取られているが全く気にしていない。井川美沙都いがわみさと通称ミサト麻雀部いちのスタミナを誇る守備派雀士。怠けることを嫌い、ストイックに生きる。中條八千代なかじょうやちよ通称ヤチヨテーブルゲーム研究部所属の穏やかな少女。理解力が高く定石を打つならコレという判断を間違えない。三尾谷寛子みおたにひろこ通称ヒロコテーブルゲーム研究部所属の戦略家。ゲームの本質を見抜く力に長けていて作戦勝ちを狙う軍師。倉住祥子くらずみしょうこ通称ショウコ竹田アンナの同級生。ややポッチャリ気味の美少女。見た目通り、よく食べる。学力は高く常に学年上位だがそんなことには全く興味がない。天才肌。浅野間聡子あさのまさとこ通称サトコショウコの親友。背が高くてガッチリした体格。中学時代はバレー部で活躍したが高校からは料理研究部に興味を持ち運動部はやめることに。運動神経よりも戦略や読みで活躍する頭脳明晰な元セッター。womanカオリにだけ届く伍萬の付喪神の声。いつも出現するわけではなく、伍に触れた時だけ現れては助言をしてカオリを勝利へ導こうとする。その5第一話 3つの上達方法 佐藤ユウはメキメキと腕を上げていた。最近、倉住ショウコと浅野間サトコがユウのような戦術家になりたいと言い毎日のように教わりに来るのでコイツら受験生なのに学校の勉強は大丈夫
47.第十二話 私のなりたいプロ 白山詩織(はくざんしおり)は帰りたかった。(はあーー。なんで私がこんな仕事をしなきゃなんないのかしら。試験官なんて私の時はもっと重鎮が出てきてやってたじゃない。なんで私に招集がかかるのよ! でも、これをやれば他の行事を今年はパスしてもいいって言われちゃあやるしかないか…… パーティに出て女王位おめでとうとか壇上で言われたりすんのは面倒くさいし、今年のパーティは休ませてもらうわ) そう思ってシオリは今回のプロテストで試験官を務めた。名簿に目を通してみると財前という名前が2人いることに気付く。(姉妹かしら、珍しいわね) 試験会場の椅子や長テーブルの設置を手伝ったりして朝早くから忙しいシオリ。(ったく、何で私が) そう思いつつも女王シオリは汗をかきながら自分の仕事をしっかりやった。────10時00分 試験受付が始まった。今度は入り口で記入をお願いする係をシオリが担当。もう疲れたから座ってられる仕事をしようと思ったのだ。そこに一番手で受付に来たのは派手な髪色をした、それでいてライオンのような堂々たる佇まいを見せる立ち姿の美しい美少女だった。(おお…… 美しさの中に知性と力を感じさせる。強者の雰囲気があるな。この子は合格しそうだ)とシオリは一目で思った。「はい、こちらにお名前を記入して右手奥から階段を上がり2階の手前左の部屋へ行って下さい」「はい」井川美沙都 それから数分後また別の美少女がきた、しかも今度は2人だ。「はい、こちらにお名前を記入して右手奥から階段を上がり2階の手前左の部屋へ行って下さい」「はい」「はい」財前真実財前香織(
46.第十一話 イチゴサンド 金色に近い茶髪をした少女は車窓から見えるのどかな風景を立ちながら見ていた。(落ち着くわ…… どこまでも緑。時々花が咲いていて。少し前まで東京でコンクリートばかり見て暮らしてきたのが嘘のよう。やっぱり人間は自然の中が落ち着くようになっているのかしら。人間である前に動物ってことね) そんなことを思いながら大洗鹿島線(おおあらいかしません)で鹿島神宮(かしまじんぐう)へと向かっていたのは来週プロテストを受ける井川ミサトだ。 鹿島神宮は勝負の神様。麻雀プロテストの合格祈願にはもってこいなのである。 車内はガラガラに空いていて座席は選び放題だったが例によってこの少女は座らない。常に肉体を鍛えている。鍛えてはいるのだが、食べ物は好きな物を食べたい。そこは譲りたくないので、せめて運動量は多くしていく。ミサトはそういう考えだった。 美味しいものを食べることすら我慢して鍛えるのは違うような気がするのである。そこは食べようよと。なので当然、今回も鹿島神宮で祈願を済ませた後はアリスラーメンに行くつもりだ。けど、今回の目的はラーメンではなくフルーツサンドだ。 正直言って迷った。ラーメンを食べるべきかどうか。両方ともというのは大人の考えで、まだ学生のミサトにはラーメンもフルーツサンドもというのは贅沢過ぎた。 前回は店内でみんな一緒にラーメンという計画だったので選択肢に無かったが今回は一人旅だ。無人販売所のフルーツサンド…… 食べてみたい! しかし、ラーメン美味しかったし…… でも、イチゴサンド食べたいし……。決定出来ないまま長考中のミサトだったが到着したら選択の余地がなかった。なぜなら現在時刻14時55分。昼営業のラストオーダーは14時45分までなのである。さすがに夜営業の17時までは待っていられない。無人販売所なら24時間あいている。(よし、運命がイチゴサンドを
45.第十話 スグルの新人教育 スグルの働く鶯谷(うぐいすだに)の雀荘『富士』に新人(と言っても48歳。雀荘経験はあるが過去に2度迷惑かける形で辞めている)が入った。 新人の名は久本一夫(ひさもとかずお)。彼はそれなりに仕事をやった。まるっきりダメというわけでもない。だが、50分に出勤する奴だった。 別にそれ自体は責めることではない。従業員規定には55分には着替えて挨拶を終えた状態にするようにとあるのでギリギリ間に合っている。 ……が、問題は反対番との交代の時に起きた。 新人のカズオはその日21時30分スタートの卓に着いていた。そこに、遅番のスグルが出勤する。「おはようございます!」 するとカズオはこれはしめたとばかりに「ここ行けますよ!」と交代を主張してくる。東1局一本場21000点持ちの北家だった。つまり既に4000オールを引かれている。 優しいスグルはそこを交代するが、それを直後に出勤して状況を把握したマサルがカズオを呼び出す。「久本さんはなんでここスグルに打たせてんだ。しかも失点しておいて。スグルの方から交代すると言ったのか?」「えっと、違います……」「久本さんのいつもの出勤時間は50分なんだから30分スタートのゲームは交代してもらう訳にいかねえとは思わないのか?」「……え」「え、じゃねえ。いいか、この恩をスグルに返すまでは必ず30分に出勤してきなさい。今後50分に出勤とかさせねえからな。したら遅刻として扱う。当然ですよね」「そんな」「あなたはそうやって自分にだけやたら甘くしてきたから集団で不和をもたらして職場を転々としてきたんだよ。全て久本さん自身の責任だ。あまちゃんなんだよ。おれをあんまり怒らせるなよ。いいか、自分はもう歳だから生き方は変われないとかは絶対に言うな! おれはあなたのために今言うぞ。人生はまだ続くしあなたはずっとあなた